「もったいない」エコを意識しながら暮らす~アズマカナコ

アズマカナコ​
自然育児友の会会報 2011年なつ号より

 私が子どもの頃、大正生まれの祖母は、私の飲み残したみそ汁も「もったいない」と言い、鍋に戻していました。東京の下町で生まれ育ち、戦争の空襲で畑や家を焼き出され、物のない時代を経験している祖母は、物を捨てることを嫌い、どんなものでも簡単に捨てずにあるもので工夫をして、上手に利用しながら暮らしてきました。すっぱくなったりカビがついてしまった漬け物も洗って火を通して食べたり、野菜も葉や皮まで丸ごと無駄なく利用して、調理の後、ほんの少し出る生ごみも捨ててはもったいないと、庭の土に埋め戻し、肥料代わりにしていました。使いこんだ着物もほどいて縫い直したり、古くなったセーターも一本残らず毛糸に戻して編み直していました。電気や水なども無駄にせず、日中、照明のいらない明るい時間に家事や用事を済ませて、夜は早めに床についてしまったり、なにか作業のあるときも卓上ライトの手元の明かりだけで行なっていました(空襲の時は、家の明かりを消して、小さな電球一つに家族で身を寄せ合って過ごしたそうです。祖母は、そんなに明るくしなくても見えれば大丈夫、といっていました)。 水も流しながら使うのではなく、庭の井戸水を汲んできて、いつもたらいにためた水で洗い物をしていました。




イラスト・大野まみ

 子どもの頃、一緒に生活をしていた時は、そんな祖母を変わっているなと思っていましたが、大きくなって、大学で環境について学び、エコを意識した時、ふと祖母の生き方を思い出しました。その頃、知り合いのおばあちゃんから、「昔は、車がなくても、自分の足で動ける範囲で暮らしていた」、「昔は、照明やエアコンなどで周りの環境を変えるのではなく、みな自分が季節や環境に合わせた暮らし方をしていた」という話を聞きました。
昔の人たちは、少し不便でも、想像力を働かせて工夫をしたり、物に頼りすぎず自分の手足をよく使い、暮らしてきました。それから私も、祖母や昔の暮らし方にならい、今いる環境の中でできることをやり暮らしていこうと決めました。石油や石炭などの化石燃料、電気、水、ガスなどの地球上に存在する資源も物も、無限にあるわけではなく、使い続けていればいつかはなくなってしまいます。一方で、知恵や工夫はいくら使ってもなくなることはありません。これからは、少し昔の暮らしを見直して、資源や物の消費よりも、想像力をよりたくさん使って暮らしていくことが必要ではないかと感じています。自分には無理だと思う方もいると思いますが、例えば、使い捨てのものよりも繰り返し使えるものを選んだり、新しいものよりも中古やお下がりのものを探してみたり、早寝早起きをして照明を使う時間を少し減らしたり、水の流しっぱなしをやめたり、近距離の移動なら徒歩や自転車を利用してみたり、一つずつでも自分のできることからはじめてみてはいかがでしょうか。一人一人の行動や意識が変われば、時間はかかるかも知れませんが、やがて全体の意識や価値観も変わっていくと私は思っています。

 また、自分もそうだったように、小さい頃の習慣や経験は蓄えになって、その後の生き方や行動にも大きく影響していきます。私たちが行動していくことで、これからの未来を生きていく子どもたちにも、生きる知恵や想像力を身につけていって欲しいと思います。未来の環境が今よりもよくなることを願って。

■アズマカナコ プロフィール

1979年生まれ。東京農業大学卒。2児の母。学生の頃から、自然な暮らしや昔ながらの暮らしに興味があり、現在築60年の日本家屋で、車やエアコンのない生活を続けている。著書「布おむつで育ててみよう」(文芸社)、今年3月に「捨てない贅沢」(けやき出版)を出版。当会の「おむつなし育児お茶会」担当。
ブログ「エコを意識しながら丁寧に暮らす」