自分も生まれる旅 vol.2 手は伝える

#2015なつ号No.271

vol.2

手は伝える

   [文・写真]  有砂山



ユミコさんの家族はどちらかというと、もの静かです。

お宅にお邪魔しているあいだ、ほとんど話し声を聞きませんでした。お産だったからかもしれないし、自分たちの家だったからかもしれないし、まだ朝だったからかもしれません。いずれにせよ、言葉はほんの少しあれば、もうそれ以上必要なかったのでした。

朝7時、ついに陣痛が強まってくると、ユミコさんは、布団を頭からかぶって手だけを出して、マサユキさんの手を握りました。

もしかしたら、もしかしたら、ユミコさん自身が子宮にすっぽり包まれていた頃の安心感を思い出しているのかもしれない。と私は思いました。これは、どこまでも私の想像なのですが、すっぽりかぶった布団から、にょきにょきと腕をだしてギュッと愛する人の手を握ってみると、まるでヘソの緒でつながっていた時のように、ただただ今を感じられるんじゃないでしょうか。

子宮という地上で最初のふるさとにいた日のように、お母さんが原始的になる。そうすると、誰よりも野性のままに生きている赤ちゃんが「お母さん、そっちでも、こっちと同じように生きていいんだね」って生まれてきてくれるような、そんな気がするのです。

そして、そして、子が生まれる時、きっと母も生まれるのではないかと思うのです。息子を産んだ時、「妊婦さん」として生きた「ひとつの人生」が終わったような、なぜだか「生ききった」ような気がしたのを今でも私は覚えているのですが、空っぽになった子宮をのぞくように「私は誰なの?」って思いました。確かにこの地上にいて、息子がグビグビおっぱいを吸っているというのに、なんとも、あの世にいるような、不思議な感じです。でも、床上げ百日が過ぎる頃、脱皮したような、再び地上に戻ったような気分になって「息子が生まれた日、私も生まれたのかしら」って思いました。

生まれてくる子どものために、そして自分も再び生まれるために、母は子宮にいた日を思い出そうとするのかもしれません。
 
ユミコさんは、やがて頭からかぶった布団をはねのけ、いきみ始めました。そして7時50分過ぎ、閉じたままのカーテンから少しだけ朝の光が射し込む寝室で、助産師まりこさんの見守る中、三男坊を抱きしめたのでした。

そして、ユミコさんも、そっと、生まれたばかりのような、そんな気がしませんか。



立ち会わせてくださって、ありがとうございます。
Special thanks to ユミコさん まんまる助産院
#お産の写真は、会報・お話し会等でごらんいただけます。
有砂山 (ゆささん):

産むことの味わいについて、
私感を写真と文で綴る試み「自分も生まれる旅」を行う。
共著『お産を楽しむ本 どこで産む人でも知っておきたい野性のみがき方』(2014 農文協)。
一児の母。

そもそも生まれるとか死ぬということは
あけっぴろげなものじゃなく、
それぞれの日常の中で、
その気配をしみじみと抱きしめるようなものだと
思うんですけれど、
でも、いつのまにか
生は死よりも遠くなってしまったような気がするんです。
もし、本当に遠く遠くなって、
なんにも触れることができなくなってしまったら…、
と思うと無性にさびしくなるのは、
母の子宮が
すべての人の地上で最初のふるさとだからでしょうか。

有砂山さんのお茶会に参加しませんか?