おかあさん同士で、つながって~水谷 朱

水谷 朱​
自然育児友の会会報 2011年ふゆ号より

 震災半年前、突然の転勤があり、その地を離れるまで、十年以上暮らしていた宮城県名取市では、自然育児友の会にもお世話になり、自然と伝統と仲間に恵まれた幸せな日々を送っていました。新婚時代を経て、子どもを授かり、子どもとともに、かけがえのない日々を過ごす毎日でした。昔ながらの暮らしの残る地域で、それはそれは豊かな心を持った東北の方々にいつも温かく見守られ、支えられていました、出産が近付いてきたら、いつでも軽トラで運んであげるから心配しなくてもいい、と気にかけてくれ、生まれてからは、そこらでおさななじみの子どもたちがけんかをしていれば、隣のおばあちゃんは笑いながら庭先の甘いトウモロコシをゆでて持ってきてうまく仲直りさせたり、小学校に行くのがドキドキだった一年生になったばかりのころは、ちゃんと一日過ごせると帰り道に近所のおじいちゃんが待っていてくれて、たくさんの笹舟を作って一緒に小川に流してくれたり……。
 そして、子どもがご縁となって幼稚園や友の会などで新たに出逢った、子育てを支えあう、たくさんの仲間がいました。家族が増えれば、それだけうれしいことも増えるけれど、悩みも、時に苦しみや悲しみが増えることもありました。仲間の輪の中で、メンバーの誰かに何かが起こった時、例えば、子どもの障害が分かった時、幼稚園に行けなくなった時、大切な家族が亡くなった時、思うように愛を表せないと悩む時も、共に涙を受け止めて、傍らにいて支えあった、お母さん仲間がいました。「一緒に過ごすことの多い、幼稚園ぐらいのころまでに出会ったともだちは、その後もとても大切な人になったよ」という、昔、私の母が言っていた言葉の通り、この頃出会った友だちとのつながりは今もとても深く、よきものとなりました。


イラスト・大野まみ

 そんな、第二の故郷として愛した、大切な人たちが暮らす名取が、突然の転勤で離れ半年もたたない3月11日に、大地震と津波に襲われました。沿岸部のゆりあげ地区は壊滅、友人やご縁のあった方々も亡くなり、子どもたちが通っていたのどかな普通の小学校は、からくも津波を逃れ生き残った、何百人もの人の暮らす避難所となりました。胸のつぶれるような思いで小学校に電話して分かった、不足していた食糧や生活品支援を、子どもの幼稚園時代からの親友とともに、現地からは情報を送る、受けて私は神奈川から全国に発信し必要な物資や支援を送る、という二人三脚が始まったことを発端に、お母さん仲間たちによる、小さな、でもあたたかい震災支援ボランティア団体が生まれました。そして、たくさんの支援してくださる方に恵まれ、心を1つに活動を継続し、今に至っています。
 東日本大震災の被害は、本当に甚大だったゆえに、一人だけの力では何ができるものでもなく、たくさんの人がつながり、支えあうことが促されました。でも、支援された方だけでなく、支援した人にも、結果として深い喜びがもたらされ、支援の輪は、喜びの循環する輪でもありました。人の役に立つこと、愛することが、人の無上の喜びとして、誰もの心の奥底に植えられているのだと、改めて気づかされる機会でもありました。なにも持たない、小さな存在である私も、橋渡し役として、恩ある名取のみなさんに喜んでいただけることで、生きていてよかった、と思うほどの深い喜びを知りました。そして、形あるものはなにもかもなくなってしまった被災地に立つ時いっそう深く感じる、人と人との触れ合いの中で生まれる、心に触れた時きらり、きらりと輝く、思いやり、愛、つながり、絆といった、目には見えない宝物に、心ふるわせ、感謝の念にひたる、活動の日々を過ごしています。
 一人の人間を育てる、子育てという大事業も、決して一人でできるものでも、するものでもないのに、様々に社会が変わってしまったこの時代、子育ての責任はまるでお母さん一人にかかっているような形になってしまって、時に苦しい思いをしている人もいるのではないでしょうか。私も転勤で最初は知っている人もいない地域に越した、核家族の母だったので、そんな時の気持ちがわかる気がします。
 でも、一人きりですべてを背負うことなく、つながればつながるほど楽しさも質もアップする、期間限定の子育て期を、仲間をまきこんで一緒に、そして自分が心から楽しめるように仕掛けをつくりながら、楽しんで過ごしていければいいですね。喜びはより大きく、そして悲しみも、それを経たからこそ大きな幸せに恵まれる日が、いつかやってくる時があると思っています。
 そして、時を経て、いつの日か、一緒に過ごしたかけがえのない時間が熟し、関係が昇華しより味わい深くなる日まで、年をとって、こんなころもあったよねと、慈しみ、笑いあえる日まで、共に時を紡いでいけたら幸せですね。

■水谷 朱 プロフィール

2児の母。ブラジルのアマゾンでの暮らし、マレーシアでのJICA青年海外協力隊などを経て、名取へ。現在、神奈川県の藤野在住。ゆりあげ支援ボランティア「てんしのわ」関東代表。
てんしのわブログ