二千年先の未来に てくてくほこほこじ~んどぅるん  ~有砂山

有砂山
自然育児友の会会報 2014  あき号 より

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  もう、5年前になります。2009年の12月、私は、生後4ヶ月の息子を抱っこしながら、カレンダーを見てハッとしたのでした。そうか! アドヴェントってマリアの臨月だ! マリアはなにを感じていたのかなぁ? 日本では「産後百日は添い寝添い乳でゴロゴロ休む」のが古来の知恵だけど、マリアは? 世界一有名な母のお産はベールの向こう側です。絵本の中で彼女は、フツーにイエスを抱っこして来客を迎えている。なにごともなかったかのように。う〜ん。しかたないのかなぁ…。二千年前のマリアのお産をたどれないように、私のお産も、そのお産を支えてくれた助産師まりこさんの教えも、いつか消えてしまうのでしょうか? 街で妊婦さんを見かけると「どんな感じ?」って気になります。息子が「父になる日」が来るにせよ、来ないにせよ、息子の未来も気になります。「お産」を伝えておきたい! これは本能なのでしょうか? そして私は、本を書き始め、2014年の春、『お産を楽しむ本 どこで産む人でも知っておきたい野性のみがき方』が生まれたのでした。

 こんな世界があったのか? 「母」となる哺乳類が出会う野性の世界。産むって、ヘロヘロでもヘトヘトでもない、静かな恍惚でした。新しい命に導かれて「私は誰だったの?」って問いかける、自分も生まれる旅でした。そんな私の驚きをひきだした、助産師まりこさんの教えを記した本です。冷えをとる。ぼ〜っと歩く。インナーチャイルドに会いに行く。古今東西の知恵を伝える助産師まりこさんのまなざしに貫かれているのは、「お産はカタチじゃくて気持ち」ということ。

 自分の中の野性に従うのなら、「こうでなければならない」と頭で考えたことじゃなく「今、どんな感じ?」って自分の心と体にたずねてピンときた答えなら、カタチは気にしなくていい!

 だから、たとえば、この本は「自然分娩至上主義」じゃ、ないのです。

[ 下から産めれば、いいのか? そうじゃなかったら、ダメなのか? 自然分娩が素晴らしいのは確かです。でも、それがすべてじゃない。/多くの女性と話をして実感したのは、「帝王切開でも吸引分娩でも、真剣に心から自分のお産に向き合った人は、お産が、より自分らしく生きるきっかけになっている」ってこと。/ちゃんと自分に向き合うなら、お産に優劣はない。/お産ってすごい。カタチじゃない。/布団でも分娩台でも、どこでも気持ちよく産めるしなやかな心と体になって! そうしたら気持ちのいいお産になりますよ。(*1)]

 ごめんなさい! 自然に産む。その気持ちよさに心奪われていました! 私は、まりこさんの話を聞きながら、心の中で無数の母に謝りました。

[「お産どうだった?」という話になったとき、「帝王切開」と答えると「この人、自然に産めなかったのか?」という視線を感じ、「自然に産める人」と「自然に産めなかった人」に区別されたようで寂しかった。(*2)]

  聖母マリアだって、彼女がおとぎ話の妖精じゃないのなら、処女懐胎という奇跡、そのカタチにこだわる視線に苦しんだかもしれない。私に「『お産を楽しむ本』をお守りに入院します」というメールをくれたお母さんは、現代の医療に支えられて命を宿し、予定帝王切開をする人だった。マリアと彼女がだぶります。いつの時代もそれぞれの事情で「人類本来のお産」とは違うカタチに思い悩む母がいるのなら、カタチに白黒つけずに「生きものとして、自分をていねいに感じるだけでいいのよ」って、陰陽調和料理のレシピをこそっと手渡したり、「愛でる瞑想」を一緒にしてみたい。それは「なんでもあり」を黙って受け入れるということじゃないんです。この本には「あなたを牛にたとえると?」というページがあります。今どきの乳牛は牛舎で獣医さんに子牛をひっぱってもらって産むけれど、自然放牧の乳牛は人の手を借りずに森で産む。ただし、そうなるには「今どきの乳牛」が暮らしを変えて三世代。牛と人を重ね合わせ、まりこさんは話してくれました。

[それでも「森で産む」っていいなぁ! と思ったら、あせらず、次のお産、次の世代のために、自分を温めて、歩いて、感じて。一歩一歩進む。牛だって三世代かかるのよ!(*3)]

 三世代…。自分の祖母と母のお産を思い浮かべてみます。なぜ、祖母は第二子(私の母)を産んで41日目に死んだの? なぜ、母は産後8日目でおっぱいが止まったの? 母から母へとお産の知恵が伝わらなかった過去。それは、たぶん私の持病アトピーとも無関係ではないけれど、でも、運命ってこういうこと? 30歳近くまで、ときには乳首にもステロイドを塗っていた私は、結婚後、「それじゃ、おっぱい、あげられないね」という夫の声にドキリとしたのでした。かすかに野性が残っていたのかなぁ。自然療法の日々が始まり、やがて子どもを授かって、てくてく歩き、ほこほこ温め、ジ〜ンと感じていたら、39歳の初産は幸運にも助産院到着後30分でドゥルンと安産だった。あぁ、神様。祖母や母は「人類本来のお産」を問うチャンスを得られなかった…。それなのに三代目の私に自然に産む道を残してくれたのなら、「森で産むっていいなぁ」と思う帝王切開のお母さんが野性をみがいて、その孫が自然に産む、そんな未来をください!

  私はふっと思います。子宮は全ての人のふるさと、だからなのか、お産に大切なことと人生に大切なことって重なるなぁ。本を産んで、そう思います。心と体がカチコチだったら、妊婦さんみたいに手ぶらでぼ〜っと歩こう。実は、女も男も、なにかを産みながら生きている。なぜだかイライラッとしている夫とギクシャクしたとき、あっと思いました。彼、産気づいた妊婦さんの「自分の内側にこもる感じ」と似ています。ちょうど彼は大仕事をする前だった。この人、今、産もうとしている! ならば私は、まりこさんいわく「信頼と祈り」を持って「激変する言動のパンチ」を受け止めるために、今は「サンドバッグ」になるしかないなぁ。などと思えば、日々のあれこれもちょっと気楽に受け止められるような気がしてくるのでした。『お産を楽しむ本』は『人生を楽しむ本』でもいいなぁ。そして息子が大人になったときも、二千年後も、人類が、てくてくほこほこジ〜ンドゥルンって、それぞれの「お産」を味わっているように! と思うんです。

*『お産を楽しむ本 どこで産む人でも知っておきたい野性のみがき方』(伝えた人:助産師 椎野まりこ・書いた人:上原有砂山、発行:農文協)より引用。
*1 まりこさんの言葉 41/42/45ページより
*2 帝王切開をした人の言葉 80ページより
*3 まりこさんの言葉  38ページより



■有砂山 プロフィール
(ゆささん)
*本原稿執筆時「上原有砂山」。その後「有砂山」として、自然育児友の会会報巻頭連載「自分も生まれる旅」を担当中。

東京藝術大学美術学部卒業。2009年、まんまる助産院(東京都立川市)で子どもを産み、「気持ちよく産むこと」「哺乳類ヒトとして生きること」について深く知りたいと思うようになり、助産師まりこさんの話を聞きながら、本を書き始める。

*筆者より:
この原稿執筆から数年後、失われていたはずの「母子手帳」が出てきました。
そして、「産後8日目でおっぱいが止まった」のは、母の記憶の中のできごとであり、
本当は、母は「産後、3日間はおっぱいがあげられず、そして3ヶ月後にはおっぱいが止まってしまった」ことがわかりました。
(おっぱいをめぐっては、とてもささやかな話を、
自分も生まれる旅 vol.9「8秒おっぱい」に記しました。
よろしければ、ご覧ください。)