自分も生まれる旅 vol.3 母のスピリット

#2015あき号 No.272  

vol.3

母のスピリット

   [文・写真] 有砂山



夕方、医師の最終チェックを受けるために病院へ行くことになったミチコさんは、助産師まりこさんの運転する車に乗り込むと、ほとんど、じっと空を見つめていました。

これから試合に向かうファイターのようだ。と私は思いました。いや、そうじゃなく、本当にファイターだったのです。母になる人が闘う相手は、お産を邪魔するすべてのものごとなのだとしたら、時に最後に立ちはだかるのは、自分自身の気持ちだったりする。生まれてくる子どものために、どれほど空を見つめてきたのでしょうか?

ミチコさんは私に話してくれました。
「自分で赤ちゃんを感じる、ただ、それだけに集中してみたいんです」
お産の答えは一つじゃないけれど、でも「最後の最後までいろいろ考えたんですけれど、自分の性格を考えたら、夫も母も立ち会わないほうがいいと思ったんです」というミチコさんの結論は、まぎれもなくミチコさんのための答えでした。

病院の帰り道、陣痛はどんどん強くなって、助産院に着いた30分後には、ミチコさんは我が子を腕に抱いていました。

あの帰り道、車の中でうずくまりながら、ミチコさんはいろんなものをそぎ落として「母のスピリット」そのものになったのでした。そして、私の目の前の彼女は、もう、向こう側。ミチコさん自身の中にある聖域に辿り着いていて、そこで、ただただ子どもを感じていました。

それから、数日後、ミチコさんが助産院を退院する日、ミチコさんのお母さんは「ミチコの決意を知らない人たちから、どうして母親なのに、娘の初産に立ち会わなかったのって言われてしまうこともあるんですけどねぇ…」と言って、思わずこぼれてきた涙を拭きながら「でも、ミチコの気持ちを思うと、ねぇ」と言いました。

あの時、もう一つ、母のスピリットが寄り添っていたのでした。

惜しげもなく空は広く私たちの上にあることを思い出しました。



立ち会わせてくださって、ありがとうございます。
Special thanks to ミチコさん まんまる助産院
#お産の写真は、会報、お話し会等でご覧いただけます。
有砂山 (ゆささん):

産むことの味わいについて、
私感を写真と文で綴る試み「自分も生まれる旅」を行う。
共著『お産を楽しむ本 どこで産む人でも知っておきたい野性のみがき方』(2014 農文協)。
一児の母。

そもそも生まれるとか死ぬということは
あけっぴろげなものじゃなく、
それぞれの日常の中で、
その気配をしみじみと抱きしめるようなものだと
思うんですけれど、
でも、いつのまにか
生は死よりも遠くなってしまったような気がするんです。
もし、本当に遠く遠くなって、
なんにも触れることができなくなってしまったら…、
と思うと無性にさびしくなるのは、
母の子宮が
すべての人の地上で最初のふるさとだからでしょうか。

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