自分も生まれる旅 vol.1 100%祈る

#2015はる号No.270

vol.1

100%祈る

   [文・写真]  有砂山



どうか、今夜、生まれてきてください。

アマネさんも、アマネさんの家族も祈っていました。台所には、アマネさんが臨月にひとつひとつ手作りして冷凍しておいた産後の養生のためのごはんもおやつも並んでいます。だからこそ、でしょうか? 夕方の陣痛が結局、すうっと弱まってしまった時、助産師まりこさんは「アマネさん、一回、完全に手放そうね」って言ったのでした。

もう、夜の8時でした。

なにを手放せば、いいのでしょうか。 もしかすると、母の心の中のイメージかもしれません。

私は自分のお産を思い出しました。「大好きな助産院で自然に産むぞ」、歩くことにしても陰陽調和料理にしてもコツコツできたのは、確固たるイメージのおかげです。でも、子どもはなかなか生まれませんでした。予定日も過ぎたある日、高尾山のてっぺんで私はハッとして祈りました。
「どうか無事に生まれてきてください。私の願いはそれだけです。生まれ方は問いません」
その翌日、思いのほか、息子はあっさりドゥルンと生まれてきてくれたのですが、あの頃を思うと、私は「ごめんなさい」って息子に言いたくなります。お腹の中で彼は「一体、なんのために僕は生まれるの? お母さん、イメージと僕とどっちが大切なの?」って嘆いていたような気がするんです。

イメージは、答えじゃなくて原動力なのです。だから「家族みんながいる時に自宅で産む」というイメージも、最後はぽんと手放せたら…。でも、執着と祈りは似て非なるものだけれど、隣り合わせなのかもしれません。そして当の子どもはお見通しだったりします。アマネさんは、あれから1時間ちょっと過ぎた頃、無事、3番目の子どもを産みました。

前日に庭の藍を収穫して染め物をしたアマネさんの指はほんのり藍色で、青みがかったせいで不思議と生き生きとしたピンク色になった爪は、生まれたての赤ちゃんと同じ色をしていました。祈りの名残りのようでした。

ひたむきな聖母はこの世に一人ではなく、2000年前どころか、洞窟で暮らしていた時からずっとずっと大切なものを見つけては祈ってきたんじゃないでしょうか。

私は、あの夜と同じ部屋で、空っぽになった子宮をそっと温めているアマネさんの写真をなぜだか静かに眺めたくなりました。




立ち会わせてくださって、ありがとうございます。
Special thanks to アマネさん まんまる助産院
#お産の写真は、会報・お話し会等でご覧いただけます。
有砂山 (ゆささん):

産むことの味わいについて、
私感を写真と文で綴る試み「自分も生まれる旅」を行う。
共著『お産を楽しむ本 どこで産む人でも知っておきたい野性のみがき方』(2014 農文協)。
一児の母。

そもそも生まれるとか死ぬということは
あけっぴろげなものじゃなく、
それぞれの日常の中で、
その気配をしみじみと抱きしめるようなものだと
思うんですけれど、
でも、いつのまにか
生は死よりも遠くなってしまったような気がするんです。
もし、本当に遠く遠くなって、
なんにも触れることができなくなってしまったら…、
と思うと無性にさびしくなるのは、
母の子宮が
すべての人の地上で最初のふるさとだからでしょうか。

有砂山さんのお茶会に参加しませんか?