自分も生まれる旅とノムラノピアノvol.2 #2 もしかしたら90億光年離れた星より遠いところ

#2018 tabi _ piano

2018年12月14日の夜に、
私がことばにしなかったこと、
その断片についての
ふたつのメモ

#2

もしかしたら90億光年離れた星より遠いところ

[ことば]  河野有砂    * 生まれたときの名前を筆名にすることにしました。(有砂山より)
[絵]  eiko



この夜も
ダブルサイズのシーツをスクリーンに
35分ほど、生まれる時間についての写真とことばを映しました。

アマネさん、
ユミコさん、
ミチコさん、
サトコさん、

彼女たちのお産の時間を
私は、忘れ形見のように思っています。

字幕の英訳は、小俣出美さん。
さりげなく、けれども奥行きのあることば。

私の感覚と小俣さんの感覚が、
文字になって、
さっきの音とダンス、とも違う、
呼吸をしている。

小俣さんの感覚によって、
ことばが、もう一度、生まれていく。

*

写真とことばを感じながら、
野村さんがピアノを即興で弾く。

ノムラノピアノは。
ノムラノピアノらしく
なにかを突き抜けていくような音、で。
でも。
昨年の、物語のような音とは違った。

専門的なことは、私には、わかりません、けれど。

野村さんなのだけれど、野村さんじゃなくて、
でも、まぎれもなく野村さん。

この夜のなかを
ただただただただ生きている、生きている。

そのような音。

あ、
これは、
あの、産むときの
「女であるとか男であるとか、私が私である、とか、
この先なにが待っているのか、とか、
そういうことさえ気にならなくなって、解き放たれて、
ただただ産もうとする生きものになって、
でも、それを感じているのは、
まぎれもなく、この世にたった一人の私という生きものでしかない」
という、あの感覚なのかな。

その突き抜ける音のなかで、
井口さんの赤ちゃんが、
気持ちよさそうに、声を出していました。

すると、野村さん、少し、歌った。

呼吸というには大きすぎる、
でも、まだことばにはなっていない、
あの、野村さん独特の、
すうううううふ すうううううふ、
という声だけじゃなく、

つまり、
まりこさんが、昨年の8/19に
「野村さん、産む人だけが出す獣のような声が、
どんな声かよくわからない、って言ってたけれど、
さっき、ピアノを弾きながら、自分が出していたのに気づかなかったのかしら?」といった、
あの声、を出しているだけじゃなく、

この夜は、歌っていました。
鼻歌と大きなあくびがまざったみたいに、歌っていました。

野村さんが歌うのをやめて、しばらくすると。

井口さんの赤ちゃんが、歌った。
アーアー   アーアー  アーアー  アーアー アーアー
泣いている声じゃなくて。
それは、歌でした。

それは、あの、
どちらが見守られているのか、よくわからない、
あの、生まれたての日、「赤ちゃん。というのがしっくりこない日」
とつながっている、気がする。

いつもの日々のなかにいるというのに、
どこか、彼方へ届いているような目を、
もしかしたら、地球から90億光年離れた星より遠いところを知っているような、
あのまなざしを、静かに見つめる。
あの時間、と、つながっている、気がする。

歌とピアノの音が、
私のからだのなかへなかへ、入り込んできました。

でも。
いつのまにか、この夜も、生まれる光景も、ピアノも、私たちも、
その、ひとつの歌に吸い込まれて、
歌のなかで生きているような。
いえ。
ただ、私が、歌のなかに、もぐりこんでいただけかもしれません。

でも、歌は、いつのまにか、終わって。

井口さんの赤ちゃんの歌のなかから、
放り出されてしまったみたいだったけれど、
この夜は、いま、ノムラノピアノと続いていく、続いていく。

おわりのような、はじまりのような。

うまれる ひと おと。

ノムラノピアノの、この感じ、
を、私はとても大切にしている。

名前のない日々とつながっていく。

息子は、いつのまにか、
年下の男の子となかよくなって、こっそり駆け回っている。

野村さんは、いつのまにか、
からだごと乗り出して、
弦をはじいたり、
グランドピアノのあちこちに触れている。

手でも。
口でも。

赤ん坊を愛撫するとき、
私たちは、
ユーモラスに、
おならの音を出すみたいに、
口づけしてみたり、
あるいは、口のなかで舌を動かして、
コンコン、ドアをノックするような音をだしてみたりするけれど、
そんな感じ。

ピアノは赤ん坊だった。

でも、譜面台に口づけしながら、野村さん、赤ん坊だったかもしれません。

息子が、
生まれて6ヶ月の赤ん坊だったころ、
家の床も壁もドアもピアノも冷蔵庫もお皿もテーブルもえんぴつも洗面器も届いた荷物のダンボールも、公園の芝生も木の幹も、
つまり、彼のいる世界をぜんぶぜんぶ手と口で確かめていたことを思い出しました。

それから、、、
どうだったかな。

野村さんは、もう、大人の野村さんになっていて、
フツーにおわりのあいさつをしていました。

私も、あいさつ、する、と。
息子がマイクのコードのそばを横切って。
パチンとコードが抜けて。
でも、
へその緒を切ったみたいに、パチンと。
私たちは、この夜のカフェスローの時間から切り離されたのでした。

*

たとえば、
さっき、一緒にごはんを食べた友だちや家族のような、
すぐとなりにいる、その、生きているひとのなかに、

たとえば、
お母さんのおなかのなかにいる赤ん坊のなかにも、

地球から、90億光年離れた星より遠い、
そのような、とても遠いところがあるかもしれない、と思う。

なかがいい、とか、わるい、とか、
そういうことを言いたいのではなくて、
けっしてほかのひとが触れることのない、そういうところ、が、
それぞれ生きているひとのなかにあるかもしれない、と思う。

だれかのとても遠いところを感じると、
でも、かえって、そのひとを感じるような気がする。
そして、
私を感じてみます。
かえって、私のなかにある、とても遠いところに戸惑う、としても。

遠くと近くをていねいに感じてみる、ということ。

自分も生まれる、ということ。





あの夜、
いらしてくださって、
ささえてくださって、
見守ってくださって、
ありがとうございます。
深謝を込めて。

Special thanks to:

アマネさん
ユミコさん
ミチコさん
サトコさん

小野寺玲子さん

小俣出美さん

永鼓さん

まんまる助産院
依田鍼灸院

カフェスロー


砂連尾 理さん


野村 誠さん





* 野村誠さんが、この試みについて「野村誠の作曲日記」に綴ってくださってます。
  http://d.hatena.ne.jp/makotonomura/20181214



* 前編(第一部についてのメモ) → #1 おーるこっつ うみ りく うみ りく そして


* 試みへの感想より(敬省略)


ピアノと写真と生まれる 
ということ以外、なにも知らず、来てみました。
音の中で、自分の出産した時のことを、
言葉の中で、その中の痛みや想いや祈りのような願いを、寄り添ってもらっていた人のことを思い出しました。
炎と音と言葉と写真と動きのひとつひとつと。よかったです。
(pono )

今夜、私も生まれました。
(まりこ)

海の中を漂うような思いがしました。
(K.K. )

心あったまる、心地よい時でした。
(なな)

まったりと不思議な空間、音、言葉の数々。
有砂さんの言葉は、なにか心にはっとするものがあります。
野村さんのピアノは激しいのになぜか落ちつく(オットセイ、大好きです)。
砂連尾さんのダンス、娘が1才くらいの頃に踊っていたそれに似ていて、なぜか懐かしかったです。
(にゃふ)

自然な呼吸のようで、罪悪感もなく、
生まれるために死があるんやと。
毎日死んで毎日生まれたい。
(Ye)

空間も時間も、よかった。
有砂さんのお話、もっと聞きたいです。
(MOTOKO)


有砂さんの産み出す独特の景色と野村さんの奏でる音、音楽が、
不思議な… というのか、
どんどんひきこまれる世界が、ここちよかったです。
自分のお産、かかわらせていただいているお産の景色を思い出すような…
砂連尾さんのダンスも、とてもここちよかったです。

ここちよさが、なんともいえない感じです。
(I.N.)


プログラム

産むこと・生まれることをそれぞれの心と体で感じる試み
「自分も生まれる旅とノムラノピアノ」vol.2

写真・ことば:有砂山
ピアノ   :野村 誠

ゲスト  :砂連尾 理さん(振付家・ダンサー)https://www.osamujareo.com

2018.12.14.
@カフェスロー(東京 国分寺)

主催:スロースクール夜間部
協力:NPO法人自然育児友の会
 

□ 第1部
・トーク

・朗読
「産むための音」
(連載「自分も生まれる旅」vol.7より)

・ピアノ
 チャールズ・アイヴズ
  "The Alcotts"

 野村誠
 「オットセイ」

・即興のダンスとピアノ 
 「うまれる ひと おと」


□ 第2部
・冬至にむかう夜、一人の生きものとして感じる
 日本で1%未満の「生まれる時間」をめぐる
 写真・ことばによるスライド(約35分)と即興のピアノ

「自分も生まれる旅とノムラノピアノ」
 

河野 有砂 かわの ゆさ   * 生まれたときの名前を筆名にすることにしました。(有砂山より) 

2009年、助産院で子どもを産み、
以来、産むこと・生まれることについて、私感を書きはじめる。
助産師さん、妊産婦さんの協力により、お産の立ち会いも経験し、
産むこと・生まれることの味わいが導いてくれるもろもろについて、
私感を言葉と写真で綴る「自分も生まれる旅」を試みる。
NPO法人自然育児友の会会報に連載(ウェブ版https://shizen-ikuji.org/blog/tabi/)。
東京藝術大学美術学部卒業。
著書「お産を楽しむ本 どこで産む人でも知っておきたい野性のみがき方」(共著、農文協、筆名:上原有砂山)。

「生まれるとか死ぬということは、
それぞれの日常の中でしみじみと抱きしめるようなものだ、
と思うのですけれど、
いつのまにか、生まれることは死ぬことよりも遠くなってしまったような」
という思いのなか、
2017年、作曲家野村誠との試み「自分も生まれる旅とノムラノピアノ」をはじめる。

Yusa Kawano graduated Tokyo University of the Arts. She gave birth to a child at midwifery home in 2009. Since then, she began to leave essays and photographs about various thoughts inspired by giving birth and being born. In 2014 a book Osan wo Tanoshimu Hon. Doko de Umu-hito demo Shitteokitai Yasei no Migakikata (A book for enjoying childbirth. How to feel the wild nature in yourself.), co-written by Mariko Shiino, was published by Nousangyosonbunkakyoukai (Rural Culture Association Japan). She has since been watching childbirth carefully and gently, with the help of midwives and pregnant women. Her essays and photographs, Jibun mo Umareru Tabi (Meditation on Childbirth and your Re-birth) is serialized in Shizen-ikuji Tomonokai Kaihou (Newsletter of NPO Natural Mothering ).
In one of them is written, “Someone is born. Someone dies. I’d like to embrace the moments quietly but deeply through my daily life. But, away they slip, day by day, day by day...  The moments someone is born might be felt farther than the moments someone dies as if in a remote world.”
Afraid the moments would melt in the air, she held a slide show in collaboration with piano improvisation by composer Makoto Nomura at Café Slow in 2017, Jibun mo Umareru Tabi + NOMURANOPIANO.

野村 誠 のむら まこと

作曲家/ピアニスト
京都大学で数学を、British Councilの招聘によりヨーク大学大学院で音楽を学ぶ。
音楽、演劇、舞踏、美術、文学などのジャンルを超え、
プロ/アマチュアを問わず、多様な人々と世界20カ国以上で作品を発表。
既存の枠にとらわれない作曲家として世界的に注目されている。
2006年度、NHK教育テレビ「あいのて」監修/出演。
2017年、英国ボーンマス交響楽団ゲスト作曲家。
2018年はマルセイユの演劇学校の講師、東華三院i-dArtの招聘で香港に3ヶ月滞在、
水戸芸術館はじめ国内外のアートプロジェクトに参加。
現在、日本センチュリー交響楽団コミュニティプログラムディレクター。
CD「ノムラノピアノ」(とんつーレコード)ほか。
著書「音楽の未来を作曲する」(晶文社)ほか多数。
第1回アサヒビール芸術賞
ホームページ www.makotonomura.net
ブログ「野村誠の作曲日記」http://d.hatena.ne.jp/makotonomura/

Makoto Nomura is a world-renowned experimental composer/improviser. After studying mathematics at Kyoto University, he studied music at the graduate school of University of York with the invitation of British Council. He mainly plays the piano, melodica, rooftiles and gamelan. His composition includes Japanese traditional instruments, Javanese gamelan, western orchestra, rock band, children’s toy, body percussions, daily found objects, environmental sounds, and whatever. His work has been performed in more than 20 countries. In 2006/2007 he produced legendary TV programme of NHK, Ainote, which focused on experimental music for early-year children. Since 2014 he has been the director of community programme of Japan Century Symphony Orchestra. In 2017 he was a Guest Composer-in-Residence at Bournemouth Symphony Orchestra. In 2018, he served as a lecturer at a theater school in Marseille and also stayed in Hong Kong for 3 months with the invitation of i-dArt. And he has been participating in many art projects both domestic and overseas including performances at Art Tower Mito. Among his major awards are the 1st prize of the New Artists’ Audition 91 by Sony Music Entertainment, and the 1st Asahi Beer Art Award. Among his recent books is Ongaku no Mirai wo Sakkyoku Suru. Among his recent CD’s is NOMURANOPIANO.